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散策会による世田谷散歩 3月5日 引用
2019/3/8 (金) 16:15:59 - 武藤義信

2019年の最初の歴史散策です。3月5日は快晴で、又とない散策日和でした。 「世田谷散歩」 と題して、梅を鑑賞しながら世田谷の史跡・名所を巡ります。 13名が元気にスタート地点の小田急梅ヶ丘駅を出発しました。 梅ヶ丘駅前には、都内を中心に名古屋、香港にも店舗を展開している 「美登里寿司」 の本店がありますので、一寸、店の外観を覗いてみました。 名前が売れているほど大きな店ではないようでした。 先ず、ちょうど梅が満開の 「羽根木公園」 を訪れました。 昭和42年に55本の梅を植樹したのが始まりとのことですが、現在は、約60品種の梅が約650本 (白梅約420本、紅梅約230本) あり、立派な梅園となっています。
国士館大学の地域交流文化センターに立ち寄り、小休止をしてから、吉田松陰を祀る松陰神社に行きました。 かつて長州藩の別邸があった場所に、松陰が安政の大獄で刑死した4年後の1863年(文久3年)、高杉晋作などの門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓が当地に改葬されました。 1882年 (明治15年)、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社が創建されました。 「松陰先生他烈士墓所」 と名付けられた域内墓域には、吉田松陰の墓碑をはじめとして、頼三樹三郎、小林民部、来原良蔵、福原乙之進、綿貫次郎輔、中谷正亮、その他烈士の墓碑があります。 世田谷線松陰神社前駅の駅前通りで、三々五々に分かれて昼食をとりました。
昼食後、世田谷線沿いに歩いて 「世田谷城址公園」 へ出ます。 昭和15年に開園した世田谷区内唯一の 「歴史公園」 で 「東京都指定文化財」 にもなっています。 公園内には、昔のおもかげを残す土塁や丘、谷があり、樹木に覆われた自然豊かな公園です。 世田谷城は、初代吉良氏が南北朝の頃、関東管領・足利基氏から、戦の手柄により、武蔵国世田谷領をもらいうけて築城したのが始まりであると言われています。 以後、吉良氏八代、二百数十年の間、居城として栄え、吉良御所、世田谷御所と呼ばれました。 1590年 (天正18年) 豊臣秀吉が小田原の北条氏を滅ぼしたとき、北条氏と親戚関係にあった吉良氏も運命を共にしたため、廃城となりました。
その後は、烏山川 (からすやまがわ) 緑道に沿って歩き、井伊直弼の墓で名高い 「豪徳寺」に出ます。 本寺の付近は、中世の武藏吉良氏が居館とし、天正18年 (1590年) の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったとされています。 寛永10年 (1633年)、彦根藩主 井伊直孝が井伊氏菩提寺として伽藍を創建し整備しました。 寺号は直孝の戒名である 「久昌院殿豪徳天英居士」 に依っています。 また、招き猫発祥の地とする説もあります。 井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩薩所としたといいます。
次は、 「世田谷八幡宮」 です。 寛永5年 (1091年)、後三年の役の帰途、源義家がこの宮の坂の地で豪雨に会い、天候回復を待つため滞在することになりましたが、今度の戦勝は日頃氏神としている八幡大神の加護によるものと思い、豊前国の宇佐八幡宮の分霊をこの地に祀りました。 後に世田谷城主七代目の吉良頼康が天文15年 (1546年) 社殿を再興させて発展させました。 かつては、奉納相撲の勝敗によって来年の豊作・凶作を占ったり、今年の豊作を感謝したため、境内には土俵や力石があります。
さらに烏山川緑道を進むと小田急経堂駅に出ます。 経堂駅から更に足を延ばして、朝出発した梅ヶ丘駅に到着して、本日の散策は終了としました。 歩数は2万歩を超えている模様でした。 反省会を美登里寿司で開くつもりで本店に予約しましたが、長い待ち時間に耐え切れずに 結局、中華風居酒屋で済ませました。 身近な世田谷区でも知らない所が多いというのが反省点の一つでした。 (重富記)

歴史散策会 島津山・池田山を散策 引用
2018/11/14 (水) 17:50:51 - 武藤義信

都心には、極めて良好な住環境を保っている場所が、住居表示には表れない、古くからの呼び名で残っている邸宅街が点在しています。 城南五山、なかでも池田山と島津山と称される地域はその代表です。 今回はこれらの地域とその周辺を、駅名でいうと品川駅から五反田、目黒駅にかけての山の手を散策しました。残念ながら参加者は9名、最後まで残ったのは6名という少なさでした。

品川駅から高輪台に向かって柘榴坂を登りきったところに物流博物館があります。 小さいながらもなかなかに見応えのある展示なのでまずここを見学しました。

島津山は高輪台から五反田駅方面に向かうところにある高台で、旧島津公爵邸を取り込んで現在清泉女子大学が位置しています。 旧島津公爵邸は英国人J.コンドル氏の設計で大正4(1915)年に竣工。大正天皇、皇も行幸啓されました。 清泉女子大キャンパスは学園祭等の開放日の外は一般開放されていないので、今回は残念ながら周囲の住宅街を巡るだけです。

五反田駅付近で昼食としましたが、ついでにセキスイハウス(株)が土地取引で詐欺にあったことで話題になっている「海喜館」という旅館跡地に立寄りました。

島津山と桜田通りを挟んで五反田駅北方に対峙するのが池田山です。 池田山は備前岡山藩の池田家の下屋敷があったところ。 池田山公園やねむの木の庭(美智子皇后の実家跡)といった公園が整備されています。池田山から谷地を挟んで目黒通りに向かう途中の高台には芝増上寺子院群が集まった寺町があります。 これらの寺院には日本画の伊東深水(最近亡くなった朝丘雪路の実父)の墓、福沢諭吉の埋葬記念碑、坂東三津五郎の墓、陣幕久五郎の墓等もあって興味深々でした。

歴史散策会 田園調布の住宅街を散策 引用
2018/10/12 (金) 23:51:36 - 武藤

歴史散策会メンバー12名は、10月9日、高級住宅地として知られる田園調布およびその周辺を散策しました。 散策は、駅西側の3〜4丁目からスタートします。 扇形の街並みを主要道路沿いに歩いて、色々な住宅を見ました。 お城のような建物、アールデコ風のお屋敷、建築家が粋を凝らしたような風合いの家など、多種多様な家の展示会みたいなものでした。 現在、田園調布には15〜16人位のVIPが住んでいるといわれていますが、鳩山元首相の邸宅以外にはどの家が誰の家か特定することはできませんでした。 住宅街をひと通り巡ったら、神奈川県との都県境にある多摩川に沿って南に下り、東京都天然記念物の「秋葉のクロマツ」や、多数ある古墳跡などを見学し、隣の「多摩川駅」に出ます。 そして、「六郷用水遊歩道」に沿って更に南下し、東急多摩川線の「沼部駅」まで足を延ばします。 そこから、北上して、駅の東口に戻って散策終了としました。 当日は体育の日の翌日で、当てにしていたレストランが休業していて、遅い昼食になってしまいました。

歴史散策会が等々力渓谷、サザエさん美術館、駒沢へ 引用
2018/9/14 (金) 00:57:03 - 武藤

第128回 歴史散策会: 東急バスを乗り継いで等々力渓谷、サザエさん美術館、駒沢へ

9月11日、歴史散策会のメンバー14人は、まだまだ厳しい残暑の中で、バス乗り継ぎを主体にしたらくちん旅をしました。  実際にその日が来てみると、気温24℃という前日から5℃も低い過ごしやすい気温となりました。  数日前からの天気予報では50%の降水確率でしたが、終日雨なしの曇り空で、快適な散策日和でした。  久し振りに、アメリカ帰りの安福さんがビデオを抱えて参加され、また、小倉さんがビジターとして参加され、賑やかな散策会となりました。  東京駅から冷房の効いた快適なバスで約1時間揺られて多摩川べりの住宅街、等々力に着きました。  等々力のバス停から歩いてすぐのところに自然が一杯の等々力渓谷があります。  一時間半程、渓谷を散策し、等々力不動尊にお参りして(集合写真撮影)、等々力駅前に戻って昼食としました。  午後は、更にバスに乗って桜新町へ行きました。  「サザエさん通り」を散策した後、『サザエさん』の作者、長谷川町子が姉の毬子と共に収集した美術品を展示するために開設された長谷川美術館を訪れました。  その後、深沢八丁目から再びバスに乗って、駒沢へと向かいました。  予定では、駒澤大学 禅文化歴史博物館を見学する予定でしたが、大学の夏休みとの関連なのか、禅文化歴史博物館が臨時休業となっていて非常に残念でした。  最後は、東京オリンピックの第2会場となった広大な駒沢公園の一部を散策して、本日のプログラムを終了としました。

古希祝いの御礼 引用
2018/8/6 (月) 17:35:28 - 西村 和男

恵寿友会 西尾会長並びに役員ご一同様
昨日、恵寿友会より古希のお祝いとして誕生日カードと素晴らしい
紅白ワインを頂戴いたしました。ありがとうございました。
早期退職後14年が経過し、大病を患い、紆余曲折はあったけれど、
「生涯現役」をモットーにフルタイムで働いています。
皆様の一層のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

西村 和男

古希祝の御礼 引用
2018/8/4 (土) 19:26:47 - 猪股一穂

エッソ恵寿友会 西尾直毅 会長殿、

本日は、70歳 古希祝としてワインをお贈り下さり誠にありがとうございます。

昨年は、70才を翌年に控えて五十肩になるなどしましたが、満で古希を迎える今年は順調に過ごしています。恵寿友会役員のみなさまにも宜しくお伝えください。

本日は誠にありがとうございました。

猪股一穂

歴史散策会がゲートブリッジへ 引用
2018/7/12 (木) 12:53:59 - 武藤

7月10日、歴史散策会の8名は、新木場の若洲キャンプ場からゲートブリッジを歩いて渡る、という計画でしたが、あいにく雷注意報が出ていて、ゲートブリッジ上の歩行が禁止されており、急遽都バス乗継ぎツアーに切り替えて中央防波堤まで行き、ゲートブリッジを反対側から望むことにしました。
取りあえず、ゲートブリッジを背景にして集合写真を撮り、多くの釣り人で賑わっているゲートブリッジ下の防波堤を散策して、雄大な対岸の遠景を楽しみ(いい天気でしたが富士山は見えませんでした)、ブリッジを後にしました。都バスの乗継は以前の散策会でも経験がありますが、なかなか楽しいものです。各自、1日乗車券を500円で購入し、当日は乗り放題です。今回は、午前中に、若洲キャンプ場 ⇒ 新木場駅、新木場駅 ⇒ 門前中町まで乗り、門前仲町で昼食にしました。一寸足を延ばして深川に行き、「深川めし」を召し上がった方もいました。午後は、門前仲町 ⇒ 東京テレポート駅まで、お台場方向へと一寸長い時間バスに揺られました。東京テレポートでは「ヴィーナスフォート」という、「女性のためのテーマパーク」と銘打ったショッピングモールでひと時を過ごしました。クラシックカーなど昭和の展示を楽しみました。 ここでも誤算があって、本数の少ない中央防波堤行きのバスの時間に遅れて防波堤行きをあきらめることに。 
豊洲へ戻ったところで一応解散しましたが、一部残ったメンバーは、さらに1日乗車券を活用して晴海埠頭に行き、対岸の豊洲市場を眺望しました。晴海埠頭は2020オリンピックに向けて選手村の建設工事がいたるところで進行中でしたし、ウォーターフロントの風景は変貌著しく海外旅行に来た気分になりました。

歴史散策会が水元公園の花菖蒲園へ 引用
2018/6/15 (金) 00:12:00 - 武藤

6月12日、歴史散策会の11名は、葛飾区水元公園の菖蒲園、南蔵院(しばられ地蔵尊)、千葉県松戸市の戸定(とじょう)邸・戸定歴史館を散策しました。今回の案内役は、地元に詳しい西川さんでした。お天気は数日前の予報では雨の可能性がありましたが、一日中曇りで雨には見舞われず、ちょっと蒸し暑い日でしたが、快適な散策日和でした。公園前の蕎麦屋で昼食の予約をして、散策を開始しました。水元公園は大変広い公園で、いくつかに分かれたブロックに、菖蒲園が何面もありました。ピークを少し過ぎた感じでしたが、いろいろな色の菖蒲が咲き誇っていました。菖蒲園としては立派なものです。菖蒲園の後は、南蔵院(しばられ地蔵尊)に参拝しました。しばられ地蔵尊は、盗難除け、足止め、厄除け、縁結びなど、あらゆる願い事を聞いてもらえる地蔵尊として祀られています。その後は水元公園の一角にある金魚展示場を訪れました。金魚を育成するタタキ池と呼ばれる池が40面以上並んでいる所です。「江戸前金魚」と呼ばれている江戸錦や江戸茜などの品種が24種類、約1000匹の金魚が飼育されているそうです。
昼食後は、健脚組と弱者組(?)に分かれて、県境を越えて、松戸市の戸定邸・戸定歴史館に向かいました。健脚組は自分の足で歩き、台東区にある秋葉神社に寄ってから、目的地にたどり着きました。戸定邸というのは徳川家の住まいがほぼ完全に残る唯一の建物だそうです。江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜(1837−1913)の弟・昭武(1853−1910)が邸宅としていた所です。戸定邸・戸定歴史館を十分堪能して散策を終えました。松戸駅前の居酒屋で十分に反省を行った後お開きとしました。
(重富記)

歴史散策会が亀戸から錦糸町までを歩きました 引用
2018/5/11 (金) 00:37:31 - 武藤義信

5月8日、歴史散策会の12名は、JR亀戸から錦糸町までを歩きました。雨には降られませんでしたが、前日より7度も低い一寸肌寒い日でした。春巻き専門店、梅屋敷の江戸切子と立派なつくりの寄せ、勝負の神様 香取神社、くず餅で有名な船橋屋など珍しいものを見て、やがて亀戸天神に着きます。亀戸天神境内の藤棚は見事ですが花の見ごろは終わっていて残念でした。境内には、日本で初めて国産マッチを開発した清水誠の顕彰碑もありその功績を偲びました。錦糸町駅近くではルーペ専門店を覗き、「魚寅」で海産物をしこたま買い込んで散策を終了しました。また、錦糸町駅前では最近話題になっているカラスが人になれなれしく、また賢そうに遊ぶシーンを目撃しました。
次回は6月12日、葛飾区の水元公園を散策します。できれば徳川慶喜の弟で最後の水戸藩主、徳川昭武が住んだ松戸市の戸定邸まで足を伸ばします。

歴史散策会が4月3日 石神井川を花見散策 引用
2018/4/7 (土) 12:39:26 - 武藤義信

歴史散策会が4月3日、太田さんの案内で王子駅から石神井川に沿って両岸の桜並木を散策しました。 今年の桜は早咲きで、花吹雪も終わってしまったようなタイミングでしたが、意外ときれいな川の水面には散った花びらが流れてそれはそれで風流を感じさせました。 途中、板橋仲宿の商店街で昼食をとり、氷川神社に参詣し、さらに川沿いを上流に歩きました。東部東上線の中板橋近くで太田さんお薦めの製麺所に立ち寄り、蕎麦・うどん・餃子の皮を仕入れ、リュックをいっぱいにして帰りました。次回5月も太田さんの案内で、藤の花が名物の亀戸天神社を中心に散策の予定です。

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